エリザベス・ハイネ(花垣地区市民センター)

メーカー名は不明(右のお尻に「BEP(F?)20…26」という紫色のスタンプあり」

パスポート未確認。ドレスはオリジナル。

名前:地域の伝承。

送り主:不明(ケンタッキー州という地域の伝承あり)

配布先:名賀郡花垣尋常高等小学校(現在は統合され廃校)

歓迎会写真:なし

ネブラスカ書簡:1通(的場千代子さん。ただし封筒の名前は森本艶子さん)A479ー178

守った人:不明(校長という地域伝承もあります)


 エリザベス・ハイネのあった伊賀市立花垣小学校は2015年4月に統合され廃校になりました。地域の要望でハイネは統合先の成和西小学校には行かずに、伊賀市花垣地区市民センター(花垣公民館)で保管されました。花垣小学校は花垣地区市民センターの西隣にありました。

 2022年に花垣地区市民センターが隣接地に新築され、ハイネや資料も移転しました。

 

 1927年に人形が届いた時は、全校の子どもたちが校門の両脇から運動場に2列に整列して迎えたそうです。学校に講堂がなかったため、歓迎会は校舎の3教室をつなげて、そこに壇を設置したそうです。その後は、学校の作法室の床の間にある違い棚に飾ってあったそうです。

 

 地域では「校長が人形を助けた」という伝承も残っていますが、今のところ詳細は不明です。

 人形が見つかった経緯も「1947年頃に、花垣小学校の校舎を使っていた大成中学校の3年生が講堂の「つし」から見つけた」「1974年に当時の校長が講堂の物置で見つけた」など諸説あり、真相は不明です。

  花垣小学校には、三重県が贈った答礼人形「三重子」(現:「ミス兵庫」)の油絵を撮影した写真が残っていました。この油絵は1927年10月11日に上野町立尋常高等小学校女子校(現・伊賀市立上野西小)で開催された「三重子」送別会の時に、女子校で勤務されていた出口ふささんが描かれたもので、それを1988年1月22日に当時の花垣小の校長がふささんのご遺族宅で撮影されたものです。1927年当時はカラー写真がないので、「三重子」の着物の色がわかる唯一の資料で、「三重子」が現在の「ミス兵庫」である決め手にもなりました。

 油絵の実物は現存しないのでとても貴重です。この写真も地区市民センターで保管されています。

答礼人形「三重子」の油絵の写真
答礼人形「三重子」の油絵の写真