「青い目の人形」(友情人形)

American Friendship doll

今も残っている三重の「青い目の人形」は9体です
今も残っている三重の「青い目の人形」は9体です

  1927年のひな祭りを目ざして、アメリカから贈られた人形は、日本では「青い目の人形」と呼ばれて大歓迎されました。

なぜ「青い目の人形」と呼ばれたのでしょう? 

それは、人形が贈られた6年前の1921年に発表された童謡『青い目の人形』が人々の心に残っていたからです。正確には「Friendship  Doll(友情人形)」と呼ばれ、日本から贈った答礼人形と区別するために American Friendship Doll と呼ばれる時も多いです。「Blue-Eyed  Doll(青い目の人形)」という言い方は、アメリカでは差別的表現になるので、あまり使いません。

 

 シドニー・ギューリックさんが中心になって270万人のアメリカ市民が人形を集め、手作りの服を着せて日本にプレゼントしてくれました。日本に来た「青い目の人形」は約12000体。1体ずつに名前や出身地などが書かれたパスポートや、蒸気船の乗船券がつけられていました。

 このうち、三重県に贈られた人形は約200体です。

 

 ここでは「青い目の人形」について考えていきましょう。